望月将悟 TJAR「無補給」への挑戦には、アルパインスタイルへの共感と憧れがあった

かたや山岳会のアカデミー賞といわれるピオレドール賞を受賞、かたや究極の山岳レースTJARで4連覇を達成。日本を代表するアルパインクライマーの横山勝丘さんと、日本を代表する山岳レーサーの望月将悟さんは“アラフォー”の同世代だ。アスリートとしてフィジカルの頭打ちを感じながらも、新たな挑戦への熱意は衰えを見せない。2018年の夏の終わり、そのひと月半ほどまえに前代未聞となる「無補給」でのTJARへの挑戦を終えた望月さんと(嬉しいことにトレイルバターを持って行っていただいた)、この5月にトレイルバターのアンバサダーになった横山さんとの初顔合わせが実現した。

「夜に見ているのは寝るのに適した場所かどうか、ほぼそれだけ」

横山 : TJARというレースを何連覇もされている望月さんのことは、クライマーの仲間うちでもよく話題になっています。とにかく速い、恐ろしく強いって。TJARのたぶん一回目だと思うんだけど、じつは予選会に撮影スタッフのガイドとして入っているんですよ。あの415kmのルートを5日以内で駆け抜けたというのは、ホントに信じがたいパフォーマンス。ランナー系の人がある程度の距離を速く走りぬけるというのは分かるけれど、あれだけの距離を、ほとんどろくな睡眠も取らずにつなぐわけですから。アルパインクライミングをやっていると一週間くらい登り続けるということもざらで、日を追うにつれさまざまな疲労がたまってくるんです。だからこそ、TJARのルートを一気につないでしまうとんでもなさを、アルパインクライマーの立場から深く実感できます。

望月 : ありがとうございます。でも、横山さんたちアルパインクライマーの方々の方がよっぽどスゴいと思うので、おそれ多いです。

横山 : ボクがよく挑戦するタイプのルートの場合も、そもそも「寝られない」んですよ。雪が凍りついた壁がフィールドになるので、その雪や氷を削って寝るスぺースを確保するんだけど、お尻の半分ほどを腰かけられるスペースを作るのが精いっぱいということが珍しくありません。パタゴニア地方やアラスカだと夜23時~24時くらいまで明るいんだけど、その時間をフルに使って、寝るのに適した場所を探しながら進むんです。でも結局いい場所が見つけられなくて、スペースを確保するため仕方なく氷を削ったりしていると、深夜の3時くらいになっちゃう。仮に3時ほどしか寝られないとしても、しっかり横になれさえすれば翌朝にはけっこう疲れが取れていて「イケる!」っていう感じになれるけど、ただ腰かけているだけだとまったく疲れが取れない。その場合、翌日は満足には登れません。

だからボクは寝るということを重点的に考えて行動するようにしています。そんなこんなしているうちに、最終的にはもうよく分からない疲労状態になってきますけどね。

望月 : 自分もやっぱり同じ感覚があります。行動し続けて夜中になって、睡魔に襲われても、山には「寝てもいい場所」のルールがあるから好き勝手には寝られないんですよ。高山植物のうえとか登山道のうえはダメで。だから夜中に移動しているときは、ちょっと広くなっているところはないか、誰かが寝た跡はないかと、見ているのはほとんど「寝るのに適した場所かどうか」「腰を下ろして休憩できる場所かどうか」だけ。からだや関節が痛くなったり、眠気が襲ってきても、1時間、いや10分でも横になって寝られれば回復します。

横山 : 1日で終わるトレイルランニングのレースだったら勢いで行けるとしても、「寝る」という行為が加わるTJARだとそれ以外のいろいろな能力、山のスキルが必要になるんだろうなと想像します。ただバカ体力があるだけではダメなんでしょうね。いかに疲れを抑えるのか、いかに無駄なエネルギー消費を無くすのか。それはからだの運びかたや、パッキングの量や中身のチョイスとか、そういうところまで全部考えなきゃいけない。そのなかの一つに「寝る」というのがあって、アルパインクライミングでもまったく同じです。バカに体力があって、クライミングの能力に秀でていたとしても、それだけじゃ何千メートルという大きな壁は登れないんだということが最近よ~く分かってきました。

例えば、純粋なクライミングスキルでいったらコンペに出ている20代の若者のほうがスゴいんです。だけど面白いことに、アルパインクライミングではそのクライミングスキルを活かせるのは全行程の1%もありません。それ以外の、山でストレスを溜めずに行動するノウハウやスキルこそが大事で。だから30代や40代、場合によっては60歳を過ぎても驚くようなクライミングをしている人がこの世界にはいます。ボクは40代にさしかかるところですが、そこにコンペクライマーのクライミング能力があれば楽しいんだけどなあ(笑)

望月 : 海外のクライマーの場合はどうなんですか。

横山 : 海外のほうが、歳がいっててもスゴいクライミングをやる人が多いです。50、60でも、うわこれ行ったんだ、カッコイイなというクライマーが何人もいて。命の危険と切り離すことができないから、日本では、結婚して子どもが生まれると辞めてしまう人が多いですね。海外はアルパインクライミングができる山と街とが近いところが多くて、しかも日本よりも爽やかな環境のフィールドで登れますから、その違いもあるかもしれません。

富山湾から日本アルプスを経て、静岡の大浜海岸にいたる約415kmの道のりを、自らの足で踏破するTJAR(トランスジャパンアルプスレース)。日本一過酷な山岳レースであるこの大会で、2018年、4連覇中だった望月さんは「無補給」という縛りを自らに課した。
ルールで認められている山小屋や麓のコンビニ、自動販売機などでの飲食物の購入を断って、中間地点のデポも利用しない。水道の蛇口には触れずに湧き水で補給するのみ。
スタートからゴールまでのすべての荷物を背負ったチャレンジは、完走タイム6日16時間7分、7位という結果でフィニッシュへとたどり着く。自らの大会記録(4日23時間52分)には及ばないものの、見事にゴールを果たした。

「アルパインクライミングで望月さんほどの持久能力があったら、それはヤバいことになりますよ」

横山 : 今回のTJARでは、他の人との荷物の重さの違いはどれくらいだったんですか。

望月 : 軽さを求める人だと出発時にはだいたい5kgくらいで、中には8kgくらいという人もいます。自分は14kgほどでした。全行程ぶんの食糧などの荷物をすべて背負っていたので、そこまでの重さになったんですね。それだけに自分の進むペースが予測できなくって、TJARでは睡眠がとても重要なんですけど、どこそこで寝ようという事前の計画はとくに立てませんでした。計画通りにいかなかったらショックを受けてしまうので、疲れたら寝る、で。それも細切れではなく、ある程度しっかり睡眠を挟みながら進みました。

横山 : 一晩で何時間くらい寝るんですか。

望月 : 今回はけっこう長くて、だいたい3時間から4時間くらい。寝ているのは実質3時間ほどで、あとは食事を作ったり横になって休んだりで計4時間という感じです。前に進みたくても、前回までと比べて体力の回復に時間がかかりました。

--そもそも、今回のTJARで14kgも背負って挑戦した狙いはどこにあったんですか?

望月 : 今までとは違うチャレンジでTJARをやってみたかったんです。アルパインクライマーの花谷泰広さんとお話ししたのが直接のきっかけですが、普通なんですよね、それが。アルパインの世界では途中に山小屋があるわけでもないし、水道もないので。だから今回自分がやったことがスゴいことだとは全然思わなくって、横山さんたちが普段やっていることのほうがよっぽど自分には興味があるし、憧れるし。とくに狙いという大それたものではないんです。過去のTJARはできるだけ速く走って記録を狙ってきたけれど、アルパインスタイルに近いやり方でやってみたときにどこまでやれるのかが興味の中心でした。とはいえレースではあるので、どうしても前後を意識して焦ってしまう局面もありましたが、そういった“ブレ”も抱えつつもゴールまで進んできたという感じです。レースなので制限時間もありますし。

表現のしかたが難しいんですけど、自分としては「このレースでは命を落とすことはない」と思ってるんです。でもアルパインの世界では命を落とすこともある。そこに根本的な違いがあるはずです。だから全部背負っているといっても、アルパインクライマーの人たちがやっていることの、ほんの少しの部分を体験したくらいのものなんです。

横山 : アルパインクライミングで望月さんほどの持久能力があったら、それはヤバいことになりますよ。この前もいつも登っている仲間と望月さんの話になって、あの持久力で山に行ったらウーリー・ステックのレベルまでいくんじゃないの?って。もちろん他にもいろいろなスキルが必要にはなるけれど、ボクらもそのフィジカルが欲しいなぁと思います。

望月 : トレイルランの世界では速さや順位がよりフォーカスされるようになってきていますが、今回こういった無補給のチャレンジをしてみて、同じ山でももっと違う世界に足を踏み入れてみたいという思いが湧きました。自分は生まれ育ったところが南アルプスの山の中というだけで、山岳部に在籍していたとかじゃないので、海外のもっと高いところとか、厳冬期の北アルプスとか。この荷物を背負って動けたことはひとつの自信になったので、夢が広がります。

横山 : 「荷物を担いで登ること」に関してはまったく問題ないですよ!

望月 : それだけでなく、他のいろいろなものをすべて含めたのがアルパインの世界ですよね。目指すところが頂点、頂きで、そのなかでも本当の限界に近いところでやっているのがアルパインクライミングの人たちなんじゃないかと思います。

後編へ続く

望月 将悟(もちづき・しょうご)
1977年生まれ。静岡市消防局に勤務し山岳救助に携わる。山岳アスリートとして数々のトレイルランニングレースで好成績を収め、TJARでは2010~2016年大会まで足かけ4連覇を果たす。2018年のTJARでは補給食のひとつにトレイルバターを携行したとのこと。

横山 勝丘(よこやま・かつたか)
1979年生まれ。山梨県北杜市在住。パタゴニア社のアルパインクライミング、ロッククライミング・アンバサダーを務める。カナダ最高峰のローガン山南東壁初登で岡田 康とともに2011年度のピオレドールを受賞。2018年5月よりトレイルバター・アンバサダー。愛称は“ジャンボ”。

テキスト:礒村真介
写真:藤巻 翔