今回の記事は前回お届けした望月 将悟さんと横山 勝丘さんの対談の続きです。
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日本を代表する“体力モンスター”たちの、トレイルバター活用法とは
「重さに対するカロリーの高さがポイント」
横山 : 山のスキルという点で言えば、途中の補給も重要になりますよね。今回のTJARでは一日分としてだいたい何calくらい持って行ったんですか?
望月 : 一日約3000kcalです。1日のうち夕飯だけしっかり食事することにして、そこで1500kcalと、いわゆる行動食で1500kcal。過去の4回のTJARでは、レース中にはあまり固形食を食べていなかったなと思い返して選びました。
望月 : リフィルの即席めんが多かったのですが、だんだんと味に飽きて食べられなくなりましたね。一方で柿ピーは最後まで行けました。柿ピーってけっこうカロリーが高いんです。
横山 : ボクらも必ず柿ピーは持っていきますよ。遠征のときの食糧は基本的に現地調達ですが、柿ピーだけは日本から持ち込みます。塩っけがいいのと、カロリーが高く、歯ごたえもあるので食べてる感がある。ちなみにトレイルバターでもツブツブがしっかり強く感じられる「オリジナルトレイルミックス」味がとくに気に入っています。ボクは食料を1日1800kcal、多くて2000kcalで計算しています。とにかく量を削らないと壁を登れません。でも、パタゴニアとかだと1日15時間から20時間は行動するので、明らかにカロリーが足りないんだけど、そこはもうしょうがない。
望月 : そこはしょうがないですよね…。そういった岩山にもトレイルバターを持っていきたいと思いますか?
横山 : このインタビューだからの方便ではなく、今のところ心からそう思っています。やっぱり重さに対するカロリーが魅力ですよね。
望月 : 重さに対するカロリー! ホントそこはポイントですよね。あとは味?
横山 : 味、いいですよね。もちろんトレイルバターだけっていうわけではなく、あまり飽きない味ではあるけど、朝昼晩ぜんぶとはなりませんけど。先日、瑞牆山で日が暮れるまで登っていて、最後にあと1ピッチ登らなきゃいけない、でも腕がパンプしている、残っている食べものはトレイルバターしかないという状況があって。そこでトレイルバターを流し込んだんですが、すぐにエネルギーにかわってくれる感じがなくて、腕にたまった乳酸、パンプが取れないまま登ることになって結局そこでは落ちちゃいました。だから、糖質系のエネルギーと上手く組み合わせて摂取しさえすれば、一日のカロリー計算のなかにトレイルバターを入れるのは大賛成というか、とてもいいと思ってます。糖質系の食糧だけだと、すぐエネルギーになるのはいいんだけどあるとき急にガクッということがある。だからすぐ効くものと、あとからジワジワいくものとのバランスが大事。あとは寒いと固くなって食べにくいので、ボクはいつもジャケットの内ポケットに忍ばせて携行しています。使い始めてからまだ海外での本格的なクライミングに挑んではいないのですが、エネルギー補給のバランスがとれて上手くいくんじゃないかという期待があります。
撮影者:増本亮
「最後の85kmはこれ1本で」
横山 : 望月さんも今回はトレイルバターを携行されたんですよね。
望月 : はい。やっぱり長く効いてもらいたいという点で期待していました。トレイルランのレースではジェルを持っていくことが多いのですが、それよりもゆっくりのペースなので、脂質が中心というのはいいんじゃないかと。4.5ozサイズのものを4つほど持っていって、実際に全部食べ切りましたよ。とくにTJARでは最後にロードの区間が85kmほどあるのですが、そこはこれ1本で行きました。ジェルだと終盤は食べたくなくなって、補給がおろそかになってしまい、からだが動かなくなりがちなのですが、胸ポケットに入れたトレイルバターは最後まで食べられました。それから、ジェルの場合は一度開封したらその包装分を食べきるのが普通ですけど、これはチュッとやっちゃあチュッとやってと、チビチビできるのもいいですね。最後にスミの方に残ってしまうので絞り出すことになりますが、それもまぁ、気分転換にいい(笑)
横山 : ボクも最後に封をきって、スミに残っているかたまりをひとすくいするのは嫌いじゃないです。というか好きです(笑)
望月 : 全体の食糧計画でいえば、ちょっと持ちすぎた感がありました。中盤以降は種類によっては飽きがくるから、食べられなくなり、少し余らせてしまったので。TJARの場合はアルパインクライミングと違って、もし本当に危ない状況になった場合でもどこかに「食べられるところ」があるシチュエーションなので、もっとギリギリを攻めることもできたかなと。先ほど横山さんから2000kcalという話があって、自分にとっても参考になったというか、今後はもう少し軽くできるなとワクワクしているところがあります。
今は即席の食糧もいろいろなものが店頭に並んでいますよね。反面、昔の人はアルファ米くらいしかなかった。選択肢が増えて便利になってので、いろいろなチャレンジがしやすくなっているのかな。
横山 : アルパインクライミングもそうですよね。食糧に限らず、昔は道具の種類もスペックもそれなりだったけど、今はいろんなものが軽く便利になって恵まれている。そのぶんクライマーもただ頂に登るだけでなく、より難しいルートから挑戦する、スピードを追求するなど、付加価値を加えていく段階にあります。今は2泊3日でも本当に軽い装備で行けますから。
望月 : このトレイルバター1本持ってれば何日か生きのびられる感じがありますよね(笑)。
今回、一番最後まで食べられていたのがトレイルバターでしたし。とくに「メープル&シーソルト」味の塩っけが好きかな。
横山 : 普段も終盤は食べられない状態になりますか?
望月 : はい。一生懸命走っていると、心拍数も上がっているので、最後の方は。
横山 : ボクはその状況まで行ったことはないです。キツそうですね。
望月 : 高いところで食欲が落ちたりはしないんですか?
横山 : それが大丈夫なんですよ。6000~7000mまでいくとしんどくて食べられないという人もいますが、ボクはそこまでなったことないですね。アルパインクライミングではランナー系とパワーリフティング系の運動が交互に必要になります。心拍数もグーっと上がってグーッと下がるを繰り返すので、ずっと走り続けるトレイルランとはもしかしたら疲れの質が違うのかもしれませんね。
「体力」に関してもそうで、何をもって体力というのかは曖昧ですよね。ここからここまでを何分でいけるのを体力があるというのか、学生時代の山登りのように何十kgも背負ってラッセルできることを体力があるというのか、いろんな「体力」があると思う。
今回の顔合わせは、2人の住む街の中間点である富士宮市のアウトドアショップ、ATC Storで行われた。クライミングやトレッキング、トレイルランニングやキャンプなど山のアクティビティのアイテムが多数そろう交流の場で、トレイルバターの取扱店でもある。
ATC Store(http://www.atc-store.com/)
〒418-0022 静岡県富士宮市小泉1649-20 / TEL 0544-25-1728 / OPEN 11:00~20:00 水・第3木曜定休日
「体力の最大値はもちろん、補給や睡眠をマネジメントしていかに体力を減らさないかが大事」
横山 : ボクは自分の山のスタイルとして、途中で補給をするというのは受け入れられないやり方です。途中デポを利用するという手段を考えたこともありません。昔、後輩につきあって一緒にトレーニング縦走をしたときに、彼の計画で途中デポを利用したことがあるのですが、そのときも気分的にはノレませんでした。今回、この自分のベースにある山のスタイルと同じようなことを望月さんがやってくれたことで、トレイルランナーの方が、自分でやるやらないは別として、そういう山、縦走スタイルがあると知ってくれるは嬉しいですね。
望月 : 今は山でも速さを追求したり困難を追求したりと細分化したいろんなチャレンジがありますが、あらゆる山の遊びの原点にはそのような「登山」のスタイルがあるというのを忘れないでいたいです。
横山 : ところで望月さん、普段はどういうトレーニングをされているんですか。
望月 : 近所を1時間くらいジョグります。あとは休みの日に5時間ほど山を走ったり。クライミング、やりたいんですよね。
横山 : やりましょう!
望月 : 今までやってないことで、知らない世界なので、憧れます。
横山 : 始めるのに遅いってことはまったくないですよ。ボクなんてすぐブチ抜かれると思う。アルパインクライミング、というか山全般の話ですが、一番大事なのは体力ですよ、間違いなく。アクシデントが起きて窮地に陥ったときも体力がないと何もできないんです。気力、メンタルはとても重要ですが、それも体力あっての気力だと思ってます。
望月 : 自分の仕事の山岳救助でもそうですね。余裕がないと周りがしっかり見えてこないし、役に立てません。
横山 : もともとの体力の最大値が高いことはもちろん、補給や睡眠のマネジメントをしっかりしていかに体力を減らさないかも大事です。
望月 : 自分を知ってることが大事ですよね。どれくらいの距離、スピードなら行けるのか、食糧は何をどれくらい持っていけばエネルギーとして使えるのかっていう。
横山 : とにかく望月さん、ぜひ一緒に山に行きましょう。
望月 : すぐには無理かもしれませんが、ぜひお願いします!
望月 将悟(もちづき・しょうご)
1977年生まれ。静岡市消防局に勤務し山岳救助に携わる。山岳アスリートとして数々のトレイルランニングレースで好成績を収めている。2018年のTJARでは山の原点に立ち返るため「無補給」のチャレンジを行った。
横山 勝丘(よこやま・かつたか)
1979年生まれ。山梨県北杜市在住。パタゴニア社のアルパインクライミング、ロッククライミング・アンバサダーを務める。カナダ最高峰のローガン山南東壁初登で岡田 康とともに2011年度のピオレドールを受賞。2018年5月よりトレイルバター・アンバサダー。愛称は“ジャンボ”。
テキスト:礒村真介
写真:藤巻 翔